クーンの主著『科学革命の構造』は、すでに述べたように、一九六二年にカルナップらウィーン学団の主要メンバーを編集委員とする「統一科学国際百科全書」の第二巻第二号としてシカゴ大学出版局から刊行された。その後、三六項に及ぶ「補章――一九六九年」を新たに加えた第二版が一九七〇年に、さらにピーター・リッジスの手になる「索引」を収録した第三版が一九九六年にそれぞれ刊行されている。原著の発行部数は一九九六年夏までに一〇〇万部に達すると推定されており、その翻訳は一九七一年に刊行された日本語訳を含めて二五ヵ国語に及んでいる。おそらく科学史および科学哲学の分野で、これほどの読者を獲得した著作は他に例がないであろう。しかも、その影響は科学史・科学哲学にとどまらず、自然科学はもちろん、社会科学や人文科学の分野にも及んでいる。アメリカでは一時期、学生たちの間で、「君はクーン病(Kuhnian disease)」にかかったか」とか「君のクーン病はもう治ったか」という挨拶が交わされるほどであったと伝えられている(村上陽一郎パラダイム論の齎したもの」による)。(pp.142-3)