2004-01-01から1年間の記事一覧

飯田隆『ウィトゲンシュタイン:言語の限界(現代思想の冒険者たち07)』、講談社、1997年 いろんな意味で癒される(?)ような。古本で1200円。 ウィトゲンシュタインの70年代。 一九五〇年代のアメリカの代表的な哲学雑誌の頁を繰っても、ウィトゲンシュタ…

奥地圭子「「本当ですか? 不登校の子は、ひきこもりもする」に反論します」 in 『月刊子ども論』、2002年2月、pp.14-18 つづけてもうひとつ。上の座談会と合わせて「論争」といわれたりするらしい。こちらは、(一)座談会に対する違和感やその間違いを指摘…

斎藤環・山下英三郎・藤井誠二「本当ですか!?『不登校の子は、ひきこもりもする』」 in 『月刊子ども論』、2001年9月号、pp.6-20 すごかった。というか、なんだこれは。不登校に対する認識がいちいち間違っているというかあやふやなのでなんともいえない気…

ガルブレイス『悪意なき欺瞞』、佐和隆光訳、2004年 J・K・Galbraith,The Economics of Innocent Fraud:Truth for Our Time,Houghton Mifflin Company,2004. つづけてもう一冊。

井上順孝『若者と現代宗教:失われた座標軸』、ちくま新書、1999年 またしてもひさびさに本を通読。ブクオフにて100円。だからではないけれど、よい本なのでは。参考文献がほしかった。 宗教社会学の70年代: 時代の流れから言えば、きわめて後ろ向きという…

ジェラール・ジュネット『物語のディスクール:方法論の試み』、花輪光・和泉涼一訳、書肆風の薔薇、1985年 Gérard Genette,Discours du récit,essai de méthode, in:Figures Ⅲ,Seuil,1972. 目次: まえがき 序 Ⅰ 順序 物語言説の時間? 錯時法 射程…

教えていただく

内閣府政策統括官(共生社会政策担当)「若者の包括的な自立支援方策に関する検討会」 http://www8.cao.go.jp/youth/suisin/jiritu/index-j.html via:http://8212.teacup.com/sugitasyunsuke/bbs ぜんぜん知らなかった(これから読みます)。というか、ここ…

ジャン=ミシェル・アダン『物語論:プロップからエーコまで』、末松籌・佐藤正年訳、白水社(文庫クセジュ873)、2004年 Jean-Michel Adam,Le récit,1984,1999. 軽い本。ハーヴェイ・サックスへの参照(p.150)もあっておどろくというか違和感というか。…

溝上憲文『隣りの成果主義:症例、効能、副作用』、光文社、2004年[bk1] 勉強になる。

『10代・20代を中心とした「ひきこもり」をめぐる地域精神保健活動のガイドライン―精神保健福祉センター・保健所・市町村でどのように対応するか・援助するか―』 http://www.mhlw.go.jp/topics/2003/07/tp0728-1.html あわてて読む。 「ひきこもり」はさまざ…

ハバーマス『晩期資本主義における正統化の諸問題』、細谷貞雄訳、岩波書店、1979年 J・Habermas,Legitimationsprobleme im Spätkapitalismus, Suhakamp Verlag,Frankfurt am Main,1973. 序言 第Ⅰ章 社会科学的な危機の概念 第一節 体系と体験世界 第二…

リオタール『異教入門:中心なき周辺を求めて』、山縣煕ほか訳、法政大学出版局、2000年[bk1] Lyotard,Rudiments païens:geure dissertatif,10/18,UGF,1977. 御批評無用〔Prière de désinsérer〕 第一章 理論における無感動〔Apathie dans la théorie…

リオタールは語る: 『リビドー経済』の中心的課題は――もしそれを真面目にとればの話ですが‥‥そしてそれが真面目に取られなければならないかどうかについてはわたしにも定かではない‥‥というのも、そこにはパロディの側面があり、文体の研究があり、それがこ…

『風の薔薇』4(1986年夏号)特集:ジャン=フランソワ・リオタール、書肆風の薔薇 リオタール/小林康夫「リオタールとの対話」*1 松浦寿夫「健忘症とユートピア」 J=F・リオタール「提示しえぬものの提示、崇高」*2 J=F・リオタール「自らの実用論としての…

赤川学『子どもが減って何が悪いか!』、ちくま新書(511)、2004年[bk1] 勉強になる。とはいえ、こういった――敢えていえば「ふつう」の?――ことをこれほど気負って言わなくてはならないというのはどういうことなのだろうか、という気が少ししてしまう。たと…

というか、すでに同じようなことを述べているようなひとがいたり。 買ってはいけない。読んではいけない。 http://d.hatena.ne.jp/hidex7777/20041210#p3 これ、修論を出版したことになってるんですけど。この修論は「これまで」の「逸脱か選択か」という観…

貴戸理恵『不登校は終わらない:「選択」の物語から〈当事者〉の語りへ』、新曜社、2004年[bk1] 副題はやや疑問。というか、「当事者」や「『居場所』関係者」(や「管理者」や「医者」などなど)といったカテゴリー*1を用いなくても、言えることがほとんど…

長山靖生『若者はなぜ「決められない」か』、ちくま新書(429)、2003年[bk1] 書名とちがい、意外に(?)良心的な感じ。 自立した個人ならば、自分の生き方は自分で決めればいい、と私は基本的に思っている。しかし、「自由」で「非・企業」的であるはずのフ…

ニクラス・ルーマン『公式組織の機能とその派生的問題』下、沢谷豊ほか訳、新泉社、1996年(原著1964年の3&4部) Luhmann,Funktionen und Folgen formaler Organisation,Duchker & Humblot,Berlin,1964. 第Ⅲ部 第二段階における公式化の機能 第11章 序…

二クラス・ルーマン『公式組織の機能とその派生的問題』上、沢谷豊ほか訳、新泉社、1992年(原著1964年の1&2部) Luhmann,Funktionen und Folgen formaler Organisation,Duchker & Humblot,Berlin,1964. 半分くらい。注に置かれたウェーバーに対する批…

ハーバーマス&ルーマン『ハーバーマス=ルーマン論争:批判理論と社会システム理論』、佐藤嘉一ほか訳、木鐸社、1987年 原著:Habermas/Luhmann,Theorie-Diskussion Theorie der Gesellschaft oder Sozialtechnologie:Was leistet die Systemforschung?,…

リオタール[1979=1986] 三章まで。 たとえば、大学の年度初めに、学長あるいは学部長によって言表される「大学がはじまります」というような宣言について考えてみると、以上の特性〔表示的言表(denotative utterance)の特性。「受け手」「送り手」「指示対…

J・F・グブリアム&J・A・ホルスタイン『家族とは何か:その言説と現実』、中河伸俊ほか訳、新曜社、1997年(原著1990年) Jaber F.Gubrium & James A.Holstein,What is FAMILY?,Mayfield Publishing Company,1990 出版社(目次あり): http://www.shin-…

アルマン・ニヴェル『啓蒙主義の美学:ミメーシスからポイエーシスへ』、神林恒道訳、晃洋書房、2004年(原著1977年) Armand Nivelle,Literaturästhetik der europäischen Aufklärung

武田丈『ソーシャルワーカーのためのリサーチ・ワークブック:ニーズ調査から実践評価までのスッテプ・バイ・ステップガイド』、ミネルヴァ書房、2004年[bk1] 著者氏HP: http://www-soc.kwansei.ac.jp/joe/home.html 出版社(目次あり): http://www.miner…

大谷信介編著『これでいいのか市民意識調査:大阪府44市町村の実態が語る課題と展望』、ミネルヴァ書房、2002年[bk1] 出版社: http://www.minervashobo.co.jp/find/details.php?bookId=1874 疲れていたので、つい衝動買い。社会調査の社会調査、という感じ。

ピーター・ウィンチ『社会科学の理念』、森川真規雄訳、新曜社、1977年(原著1958年) 出版社(目次なし): http://www.shin-yo-sha.co.jp/mokuroku/books/4-7885-0057-4.htm 意外に(?)むずかしい。というか、意外にシステマティックというか。

リオタール[1979→1986]『ポストモダンの条件』 再読。二章まで。 第二章:問題:正当化 われわれの仮説は平凡であると言ってもいいかもしれない。だが、それが平凡であるのは、それが科学と技術の進歩というパラダイム一般を問題としない限りにおいてである…

エリック・アシュビー『科学革命と大学』、島田雄次郎訳、玉川大学出版部、1995年(原著1958年、三版1963年の邦訳1967年の再刊。)[bk1] 原書:Eric Ashby,Technology and The Academics:An Essay on Universities and the Scientific Revolution 出版社(…

ホルスタイン&グブリアム『アクティヴ・インタビュー』、山田富秋・兼子一・倉石一郎・矢原隆行訳、せりか書房、2004年(原著1995年)[bk1] 出版社(目次あり): http://www.serica.co.jp/258.htm