• リオタール[1979=1986]
  • 三章まで。

 たとえば、大学の年度初めに、学長あるいは学部長によって言表される「大学がはじまります」というような宣言について考えてみると、以上の特性〔表示的言表(denotative utterance)の特性。「受け手」「送り手」「指示対象」三者の位置づけ。〕がもはや見られないことが分るだろう。言うまでもなく、言表の意味は理解されなければならないが、それはコミュニケーションの一般的条件であって、それだけでは諸言表を、あるいはそれらの言表の固有の効果を区別することには役立たない。この第二の言表は遂行文(3)と名付けられているものであるが、それは指示対象に対する言表の効果が言表行為と一致するという特性をもっている。すなわち、大学は、このような条件においてそう宣言されるという事実によって初めて、はじまることになるのである。ということは、これは受け手による討議あるいは検証に委ねられるものではなく、受け手は、直ちに、こうして生み出された新しい文脈のなかに身を置くことになるのである。送り手の側に関しては、送り手はこのような言表を宣言する権利を持っていなければならない。(pp.28−9)

だが、この条件は逆の方向から記述することもできるのであって、ある人が学長あるいは学部長であるのは、すなわち、この種の言表を宣言する権利を持つのは、それを言表することによって、指示対象である大学に対しても、受け手である教官たちに対しても、われわれが述べた効果が直ちに得られる限りにおいてなのである。(p.29)