• 石川憲彦・内田良子・山下英三朗編『子どもたちが語る登校拒否:402人のメッセージ』、世織書房、1993年
  • ぱらぱらする。

 一九九二年四月、文部省は「登校拒否は、学校に心の居場所がないために、どの子にも起こり得る現象」だと認めました。それまで「家庭での育て方がまちがっているために起こっている、特別な子どもの問題」としてきたのとは、大違い。とうとう、これまで頼ってきた医者や心理学者の処方箋を、全面的に書き換える必要が起こってきたのです。
 今、大人たちは、新たな処方箋を探し求めています。登校拒否に関する本は、わたしたちが調べた範囲でもすでに二〇〇冊を超えました。子どもにどう対処すればよいのか、実にいろいろな方法が提案されているのですが、確かな答えは、みつかっていません。
 当然のことです。死にかけているのは、子どもではなく学校なのに、処方箋は、子どもをどう取り扱うのかという点にばかり注目して、乱造・乱発されていたのですから。
 わたしたちが調べた本でいば、一冊を除いて、すべて大人が書いたものでした。それも、専門家が狭い診察室での自分の体験を基に組み立てた、独善的な理論によるものがほとんどです。稀有な一冊は、東京シューレの子どもたちが書いた『学校へ行かない僕から学校へ行かない君へ』です。とてもすてきな本で、二〇〇冊の中では珍しく妥当な内容のものです。
 しかし、驚いたことに、一部の専門家たちは、この本について次のように語るのです。
 「『明るい登校拒否』だから書けるので、自分の意見を表明できる子どもは、問題ない。自分たち専門家が治療しようと苦労している『暗い登校拒否』は、本を書いたり、意見発表できないくらい重症の子どもだ。
 これは、治療者と称する人が、破綻した自分の理論を守るときや、失敗を棚に上げるとき、よく使う逃げです。治療にくる人はいつも重症、来ない人は軽症と相場は決まっています。自分のまちがいで悪くしてしまった場合は、とりわけそうです。こういう専門家は重症の根拠を聞かれると、親が困っていたとか、回りが迷惑していたといった、周囲の状況を引き合いにだしてごまかします。‥‥(石川憲彦「まえがき」)(pp.鄱-鄴)