• ポール・カートリッジ『古代ギリシア人:自己と他者の肖像』、橋場弦訳、白水社、2001年
  • 読了。意外に(?)というか値段のわりに軽い本。初心者でも読める。問題設定や歴史に対する視点はおもしろい。
  • 史料の問題:

[p.118-9]

 ‥‥ところが悲劇とは、かの偉大なアテナイの悲劇作家たちの解釈によれば、これとは正反対の効果をおよぼすとされていたらしい‥‥すなわち、社会心理のもっとも深い層において人々が抱く伝統的規範(ノモイ)を、すべて洗いざらい問いなおし、疑いの目にさらすという効果を悲劇は期待されていたのである。そこで問いなおされる伝統的規範の中には、女性の役割と地位にかかわるものも含まれていた。いやむしろ、今日知られているアテナイの悲劇とは、ある意味で男性劇というよりは女性劇であるとさえいえよう。アテナイ人の女性嫌悪心理をはじめとして、アテナイにおける男女関係のさまざまな力学を描いた悲劇は、今日数えきれぬほど残されている。アイスキュロスの『オレステイア』三部作(前四五八年)や、エウリピデスの『メデイア』がその代表例であろう。だが現存する悲劇のうちで、ポリス国家という文脈の中で女性にかかわる問題を真っ正面からきわめて鋭くえぐりだしたものとしては、おそらくソフォクレスの『アンティゴネ』の右に出る作品はないのではなかろうか。これが上演されたのは前四四一年であるから、脚本が書かれたのはペリクレスの市民権法制定から十年たらずのうちであったことになる。[pp.133-4]