武井麻子・鈴木純一[1998]『レトリートとしての精神病院』、ゆみる出版

‥‥その患者がグループの中で「看護婦さんがいつも私の言うことを聞いてくれない」「何にもしてくれない」と、いつものように文句を言い始めたのです。‥‥それじゃちょっとやってみようと、グループの輪の真ん中にその患者を出して、患者に看護婦の役になってもらって、ロールプレイングをやってみようということになりました。
 患者役を演ずる他の患者が、勤務室の窓をたたく真似をします。トントントンとたたいては、「看護婦さーん、看護婦さーん」。いつものことなので他の患者もよく知っているのです。「看護婦さーん、看護婦さーん」とそっくり真似しました、すると当の〔文句を言った〕患者が看護婦になって、「ああ、ちょっと待ってね」と言ったのです。すると、患者役の患者がドンドンドン、「看護婦さーん、看護婦さーん」とまた言うのです。また「ああっ、ちょっと待って、もう少し待って」と、繰り返し何度もやるのです。そのとき私はもうぞっとしてしまいました。
 確かに私は一回位はちょっと待ってねと言ったかもしれない。だけどおそらく他の看護婦も一回位は言ったかもしれない。でも全員一回ずつやったら、患者にしてみれば、いつも看護婦はちょっと待ってねって言うだけだということになるわけです。(武井麻子[1996]「治療共同体:患者から学ぶ」pp.60-61)