河原温「ファン・ルイス・ビーベスと中世末期の貧民救済論」 in 木村尚三郎編『学問への旅:ヨーロッパ中世』、山川出版社、2000年、pp.239-256

 ビーベスの著書『貧民救済について』は、全体で二部二十一章からなる。‥‥〔第一部で〕彼は、人間社会において悲惨な状態が生じる原因論から出発し、そうした状態はキリスト教的慈善(caritas)活動によってのみ克服されると論じる。‥‥彼にとって「貧困(paupertas)」とは、たんなる経済的な貧困状態のみならず、さまざまな要因により社会的にハンディを負った人間の状態を意味したのであり、「貧民(pauperes)」とは広範な社会的弱者を包括する概念であった。
 ‥‥〔第二部〕序章「都市統治者の貧民に対する義務」において、ビーベスはミクロコスモスとしての都市社会を多様な社会集団として記述している。そして彼は身体のメタファーを用いて、都市を人体になぞらえる。すなわち都市の統治者たちは人体における「頭」と同様に都市の「頭」として機能することが求められる。この「頭」すなわち魂は身体の一部だけを活気づけるのではなく、「共通善」にもとづきながら身体組織全体に作用するものである。同様に都市の統治者たちは都市の富裕層のみに関心を向けるべきではない。都市の貧民層を蔑み、彼らを配慮しない統治者は、心臓から遠くはなれているという理由で病人の手足に注意を向ける必要はないと考える医者に似ているというのである。そのような考えをもつ医師の処置に従えば病人の体全体が危機に陥るのと同様に、都市においても貧民層への配慮の欠如により、社会全体に「病」の危機が生じることになるとビーベスは主張する。(pp.248-9)