社会研究所でのハーバーマスの最初の大きな仕事は、学生の政治意識に関する社会調査研究で、その基礎となったのは、フランクフルト大学の学生に対して一九五七年に行われた大規模な面接調査であった。そしてそれは、研究所がそれまでに行ってきた『権威と家族に関する研究』や『権威主義的パーソナリティ』についての社会調査研究に連なるものであった。その研究報告書『学生と政治』はハーバーマスが中心となって書かれたが、その急進的な内容がホルクハイマーの批判を受けて、一九六一年まで出版が延期された。この仕事と平行して彼は、一九五七年に「マルクスマルクス主義をめぐる哲学的討論によせて」という長い論文を発表したが、それは戦後の社会研究所から現われた論文のうちでマルクス主義の立場を公然と表明した最初のものであった。ホルクハイマーはこの論文を読んで大いに危惧を抱き、ハーバーマスを早急に研究所から遠ざけるべきだと考えるようになった。そして彼は『学生と政治』のうちにもこの過激な論文とほぼ同じ理論的主張を発見して、その出版が政治的対立を引き起こすことを恐れたのであった。(pp.30-1)