• 長山靖生『若者はなぜ「決められない」か』、ちくま新書(429)、2003年[bk1]
  • 書名とちがい、意外に(?)良心的な感じ。

 自立した個人ならば、自分の生き方は自分で決めればいい、と私は基本的に思っている。しかし、「自由」で「非・企業」的であるはずのフリーターは、そもそもはリクルート社という企業によって名付けられた存在だった。その点を、フリーターを選択する者は、自覚しておいたほうがいい。
 ここでフリーターを生んだリクルート社の事情を、想像してみたい。
 周知のとおりリクルート社は就職情報企業だ。その企業にとって、雇用の流動化を促進する因子としてのフリーターは、ビジネス上有利な「物件」である。ひとりの人間が一生に一度しか就職しなければ、就職情報誌は一度しか必要ない。だが、若者がフリーター化して年に数回職を変えるようになれば、生涯に数十冊の情報誌を手にすることになるからだ。就職情報誌にとって、その人が転職の度にキャリア・アップしてゆくか、それとも減収を余儀なくされるかは分からないし、どちらでもいい。肝心なのは、回数が多ければそれだけ就職情報誌は売れるということだ。証券会社が、顧客が儲かるか損をするか別にして、売り買いの回数が多ければ多いほど、手数料収入が上がるというのと同じ事情が、ここにある。(pp.29-30)