[pp.5-6]

  • つづき:

 ‥‥精神科学とは、J・S・ミルの独訳者が、ミルの「道徳科学」ということばを翻訳するためにつくりだした用語である。ディルタイの前期の研究は解釈学的伝統の発展の第一段階を完結させ、またその後期の著作は、ガダマーが定式化した解釈学の現代版の前兆となるものであるが、そのディルタイもミルの見解に全面的に反対していたわけではない。ディルタイはドロイゼンが確立した理解(verstehen)と説明(erklaren)との区別を行うことを主張する一方、ドロイゼンとおなじく歴史の精密科学(precise science of history)を成立させる必要があると感じていた。だがそれには、人間の行為には主観性が必要であることを強調するために、自然科学においてもっとも「客観的な」評価基準とおなじくらい「客観的な」評価基準を、人間行動の研究もみたすべきだという要求を、さらに認めなければならない。それにもかかわらず、前期ディルタイにおいては理解は体験(Erlebnis)、すなわち歴史研究者による行動の「再体験」ないし「再演」にかかわる概念とされた。[p.71]