対象をアンティゴネーとクレオーンの対立という点に限らず、オイディプースを中心とするテーバイ伝説、昔からの言いかたに従えば「ラブダコス一族の伝説」ということにすれば、これはもちろん、どこまでさかのぼれるかわからないほど古い。有名なところでは、ホメーロスオデュッセイア』第十一巻の、例のオデュッセウスの冥界訪問のくだりで、彼はオイディプースの母にして妻であってエピカステー(ソポクレースイオカステー)の亡霊に会っていて、ここで今日われわれがオイディプース伝説として知っているものの骨組がすでに語られている。‥‥
 ‥‥[また]ホメーロス以外の叙事詩として『テーバイ物語』『オイディプース物語』というのがあったということが知られていて(今日ではともに失われてしまった)、アイスキュロスの『テーバイを攻める七人の将軍』の典拠はこれだと古くから言われている。ということはつまり、悲劇以前、叙事詩の世界で、すでにいくつかの(少なくとも二つの)オイディプース伝説が伝えられていたということであろう。
 しかしこの『テーバイを攻める七人の将軍』でも、オイディプースの子供たちのうち兄弟二人の争いはテーマとされているが、アンティゴネー、イスメーネーの姉妹は顧みられていないわけで、そうすると、アンティゴネーとクレオーンの対立というモティーフは、ソポクレースの創案だったのかもしれない可能性があり、今日の学界の大勢もだいたいこれを支持している。(柳沼重剛「『アンティゴネー』解説」、pp.367-8)