アヘン戦争の立役者林則徐も、そしてアヘン戦争の火つけ役ともいうべき黄爵滋〔こうしゃくじ〕も、おなじく同人の一人であった。(p.22)

  • 会社のアヘン:

 アヘンにはもちろん、品質によって等級があり、それを、
――公班土[コンパントウ]
という。「土」とは、アヘンの色やかんじが土に似ているからであろう。「公班」は英語のコンパニーの音訳である。
 コンパニーは、「会社」――いうまでもなく、イギリスの東インド会社のことなのだ。〔当時の〕アヘンは東インド会社の専売であった。‥‥密輸品であるから、中国側には輸入アヘンの正確な統計はない。(p.45)

  • 公行〔こんほん〕:

 〔広州の〕夷館のなかにいる外国商人のことを夷商という。夷商相手の商売は、特殊な商人しかできない規則になっていた。大蔵省に相当する「戸部」の免許を受けた、一にぎりの「行商」――Hong merchants である。この行商たちが、「公行」という一種のギルドを組織していた。そのメンバーは、時代によって相違はあるけれども、たいていは十社内外というところであった。(p.53)

 夷館の夷商たちが最も不満であったのは、取引相手が限定されていることだった。約十社の特許商人「行商」以外とは取引ができない。行商たちは、「公行」というギルドをつくっていたから、共同戦線を張って綿花の買叩きや茶葉の相場のつりあげができる。夷商としてはやりにくい。
 ――誰とでも自由に商売ができるようになりたい!
 これが彼らの悲願であった。(p.55)